今日も風呂後トイレに行った

※実際はシャワーばかり浴びるし、身になる話は何もない

会社へ行かないことへの抵抗感はもうすっかりない


今日したこと日記21。
昨夜1時ごろ就寝、今朝は9時ごろ起床。0時就寝する習慣にしたいのだがついだらだらスカイプしてしまう。ついに⑳を超えて丸21という記号が環境依存文字になってしまったので丸を外した普通の数字で書く。なんだかんだ21日も日記が続いていて感慨深い。今日は昼間に部長と会う予定があったので起きて数時間したあたりから緊張感で微妙な吐き気を携えていた。もし今何してるの? 独立って何しようとしてるんだっけと聞かれたらそれ本気で知りたいことですか? って言おうかな、と思っていた。結果から言うとそんなこと聞かれなかったので安心した。
お風呂に入り、LUSHのパックをする間にたまりにたまったシャンプーや化粧水のサンプルを捨てる。もうもらって5年くらい経つのでさすがにおそろしくて使えなかった。エッセンシャルのなんてパッケージに描かれてるボトルの絵が何世代前のものかわからない。サンプル入れに紛れ込んでいたメイベリングロスは中身が完全に分離していた。あの箱の中でいつか使ってもらえるかも、とこれだけの年月をすごしていたと思うとやるせないし申し訳ない。もう使っていない化粧品も少しずつ処分していかないと。どれもかわいくてきらきらしていて、あのときの私をなにより楽しい気持ちにしてくれたもの。各アイテムの中で一番好きな色のものだけ捨てずにおこうと思う。マジョリカマジョルカの深い緑のアイシャドウだけは、何があっても捨てずに持っていよう。サイトを見たらもう廃版になっていて、もう色の名前を見ることさえもかなわない。
朝食兼昼食を食べてしたく。返却するものを持って、印鑑も持って、念のため折りたたみ傘も持って、マスクもし、久しぶりに母が運転する車に乗った。会社に行かなくなって20日、車に乗るのもマスクをするのも20日ぶり。赤信号で止まったところはちょうど目線の高さに木の枝がある。強い雨のあとの太陽が葉の表面をよく照らしていた。風で揺れる葉の先端からしずくが落ち、表面がひるがえったり光ったり、あまりにも美しい風景に何か祝福されている気になる。母が「きらきらしてる」とひとりごちる。今日は門出だ。あの日会社に行けなくなったのもきっと天的なところからのギフトだった、だから部長に会うのも大雨だった昨日ではなく、今日というこんなに晴れやかな日なのだ。会社員を続けることを心とからだが拒否したことも、きっとギフトだった。深いやまいのを眼前にしてまだ浅瀬に足をつけてる段階で帰ってこれるよう、誰かが呼んでくれたのだろう。何十年か生きているが、自分はつくづく運がいい。この歳まで大きな病気もなく生きてこられたこと、学校生活がいつでもそれなりに楽しかったこと、各時代でひとりは深い仲になる友人がいること、人生の折に触れて読み返したい本があること、あまり途切れることなく楽しく健全な異性交遊ができたこと、就職したこと、いろいろな現場に配属してもらったこと、今の彼氏と交際したこと、独立したいと思えたこと、独立の手段を得たこと、本気でからだがだめになる前に会社を辞められること、平日の昼間に雨上がりの木々を見られたこと、これからも生きていくこと。一番運がよかったと感じるのは生まれてこれたこと。生まれなければ生きられなかったし、生きていなければこんなに楽しくすごすこともなかった。私にはものすごく大きな運が味方してくれていると感じる。
待ち合わせの30分前に駅についてしまう。改札の横に立っていたが部長には発見できなかったらしく、駅前のカフェにいますというメッセージがしばらくして届いた。着席して「ここ遠いね、こんなとこから通ってたのかあ」と言われる。昼間だから座れる分いいし、ついでにバスにも乗ってみてほしい。返却物を渡し、退職届をもらう。内容を読み、名前を書く、渡す、確認ののちファイルにしまわれる。「保険証とパソコンの返却については別途連絡あるからちょっと待ってて。ほかに何かある?」と聞かれて傷病手当ての申請を出そうと思っていることと定期券の解約について聞いた。定期券についてはもう解約してもいいし、もし解約しても払い戻しがないならそのまま持っててもいいよと言われたので帰りに窓口によることにした。傷病手当ての話はなんて言われたんだっけ、何か間違えて離職票の話とかしてしまったかもしれない。傷病手当ての申請書も保険関連の書類と一緒に送ってくれるのかな。郵便物のなかになかったら部長に連絡してみよう。またとない機会なのでせっかくなら手当てはもらいたいが、ないならないでクラウド系のバイトでもしたいい。お金は今はどうにでもなる。
4年前に入社した。もう4年間も働いた。何度か根を上げたものの、こんなに長い時間よくがんばったと思う。もう毎朝6時に起きなくていい、もう毎朝肌の具合にがっかりしなくていい、もう眠いのに無理矢理朝ご飯を食べてえずかなくていい、もう電車で端の席を取って眠るために1本見逃したりしなくていい、もう自分の技術力のなさに居心地の悪さを感じたり部署異動や業務内容の変更に緊張しなくていい、障害対応もしない、コンフィグもつくらない、自分がやっている仕事のやりがいとか誰の役に立っているのかとか答えられない問題を与えられることはないし、どうせ誰も実行しない年間活動目標を3時間かけて考えることもしないし、日の出ている時間は室内にいて日のない時間に外に出る吸血鬼的な生活をしなくていい、好きなときに日の光を浴びていい。会社の看板を背負うこともなく、私は私であってよい。このことがすごく嬉しい。4年間で得たものは大きかった。世界のネットワークがどのようにつながっているのか、ネットワークがつながる裏側でどんな努力があったのか、回線障害から復旧までの流れ、その後の対策、セキュリティインシデントを起こさないために日々行われる啓蒙、この業界に入らなければ絶対に知れなかったことがたくさんある。泣きながら資格の勉強をしたことも、結果が出るまでの吐き気も、合格という文字を見たときの鼓動と全身の力が抜けていく感覚もなければ今の私はこうはなっていなかった。あのときこの会社を選んだから今の私がいる。会社との解釈違いやメンタルの不調で離れることになったがいい4年間だったと思う。退職日は来週になった。髪の毛を大学時代みたいにわけわからん金髪とか銀髪にしようかと思ったけど絶対に運動でほっそりしないと許されないのでやめた。夏でも全身黒を着たいのでほっそりする必要はいずれにせよあるのだが。私も落合陽一さんや嶽本野ばらの『シシリエンヌ』に出る貴女のように「いつの間にかヨウジヤマモトしか着なくなっちゃった」なんていかすことを言いたい。
母が郵便局にいたのでバスを途中で降り、郵便局に立ちよった。すっかり晴れ、まだ髪で隠れない首の後ろがじりじりする。ニットの袖をまくって自分の肌に日光が反射する。風が拭いて影の中で丈の長いカーディガンが揺れた。宇多田ヒカルの道を途中まで聴く。母と合流し近所のファミレスで昼食兼夕食をする。2時間くらいずっと話していた、母と正面向き合ってこんなに話すのはいつぶりだろう。郵便局ですすめられた保険の話、おとなりさんの話、父の話、兄の話、弟の話、相席スタートの山崎けいさんが言っていた「LINEのアイコンでわかる女性の攻略難易度」、友人たちの子どもの話、私の結婚の話、今は医療費は3割負担だという衝撃の事実、週末の外出予定。この母にはいつも助けられていた。それはどうなの、という道に私が進みそうになったとき、それとなく諭してくれたのはいつも母だった。いつまでこうして母の話を聞けるのだろう? ちなみにLNEのアイコンでわかる攻略難易度はわが家の人はほぼ全員「難易度高。自分の情報を出さない人。時間が必要」という診断だった。わが家の良心と言われてる弟のアイコンはいかなるかと思って見たら卒業式で友だちと撮った写真を白黒加工したもので、なぜかホーム画面は母と私のふたり旅で埼玉県日高市に曼殊沙華を見に行ったときに私が撮った母のピン写真を背景だけ切り取ったもの。完全に遺影だ。三途の川の風景そのものである。その組み合わせはやめておけと言いたいのだが、姉は弟のLINEアカウントを知らない。弟がわが家の良心だというのはちょっと違うのかもしれない。
帰宅しプレバトを見る。毎週プレバトを見るのを楽しみにしている、夏井先生の俳句コーナーがとくにお気に入りだ。今週も名人戦で見る句は素晴らしかった。
アンケートがたまっていたので回答した。換金できる最低ポイントはたまり、もういつでも換金できるようになった。地道にこつこつ回答していればコンビニでちょっとおやつを買うくらいはたまるので嬉しい。こつこつやるのは好きらしい。あと自分のことについて質問されるのも結構好き。
明日は友人宅で3kg太るたこ焼きパーティに招かれている。参加者は私と友人の2名、前回は生焼けのたこ焼きでおなかを壊したがゆえに主催のくせに3個も食べていない友人だったが「克服したから任せて!」と息巻いていたので信じている。土曜には久しぶりのセミナーがあるので楽しみだ。日曜は医者、忘れずに。

先週、今週と作製ができていないのを気にしている。セミナーでつくるからまあいいか、ということにしたい。