今日も風呂後トイレに行った

※実際はシャワーばかり浴びるし、身になる話は何もない

都合よく名字になったり名前になったりする

 
 今日ドクターマーチンを買わなかったらもう一生買わないかもしれないと衝撃を受けたのでオッケーGoogle、ここからドクターマーチンとやってやったが位置情報をオンにしろと言うので普通にタイプしてググった。位置情報を常態でオンにしてるやつなんかいるのかよ、と30分ほど歩いたところに店舗があって、明らかにビレッジヴァンガードが好きそうなお姉さんに見守られつつ小一時間悩んでフォーマルな革靴を買った。帰ってクリームをつけて、次の日おそるおそる足を入れてみた。固すぎる。新幹線のアイスの方が熱でどうにかなるだけかわいげがある、甘いしおなかも満たされるし、靴ではおなかは満たされない。と思ったけど靴があればおなかを満たせるところまで歩けるので靴の方が断然優秀だった。柔らかくなりさえすれば。どうにか履いて上から見てみたら正面から見るよりあんまりかわいいので次の日3日くらい履けなかった。完全に靴擦れのせい。こんなに乱暴でかわいいものをおいそれと履くなんてできない、絶対ガムとか踏まないようにしようと誓い、ていねいに履いていたある日犬のフンを踏んだ。これだけソールが厚くてしっかりしていても足元のやわらかい感触ってわかるんだな、さすがドクターマーチン、と妙な感心をしたし、犬のフンは見た目乾いてても踏むと結構やわらかいんだというのを初めて知った。生まれてはじめて犬のフンを踏んだ日、全然クリムゾン的反骨心を持たなかったので私はものを大事にできないのかもしれなあと思った。おろして1週間も経たないある朝のこと。
 
 やおら彼氏と付き合う前の、ただの他人だったころのメッセージをすべて読み返した。知り合ってから付き合うまでの約3週間、ほとんどの時間どんなメッセージを返すか考えあっていたので結構な分量である。何がよくないってふたりして年末年始の冬休みを挟んでいるのがよくない。お互いメッセージをする以外することがなかった。おかげで途中を飛ばして読んでもログを追うのに4時間はかかる。昨夜私が就寝したのは朝4時である。どうしても寝つけなくて、読んでたら眠たくなるかと思ったのに全然だった。読めば読むほどこの人がいつから私のことを大事に扱ってくれていたのかがわかってしまい、それはそれは素敵なアハ体験をした。
 当時交際していた人に振られたばかりだった私は、自分にかまけてくれる人を一刻も早く探さねばまともに眠れもしないと、つい数時間前まで別れ話をつないでくれていたSIMカード用の箱からオッケーGoogle、彼氏 作り方の結果で彼氏づくりのトレンドがマッチングアプリであることを知った。やったらんかいと即登録してから間もなく、のちの彼氏となる男からのいいねが来たのだった。
 季節がふたつほど進むと付き合って3年になる。入学して卒業した人がまた入学したり、泣くばかりの乳幼児が達者に「猫が駐車場でごろんしてた」「おもちゃが出るバスボム買って」などと言うころあいである。この3年弱はとても楽しかった。うまくいくときもいかないときも、いろいろなことがあったと思う。「マンモスしりとりしよう」「なつかしいものをあげたら座布団1mol」「創作ルー大柴かるたしよう」みたいなくだらない話をしたこともあれば、どうすればわれわれの性交渉はもっとよくなるのか、あるいは仕事はどうするのかなどと話し合ったこともあった。なつかしいものから得る座布団は最終的に42molまで集まったけど何かと引き換えしないままなくなった。永久不滅molではなかったので年度の変わり目でリセットされ、そのままサービスは復活せず、あいさらば。かつての引き換えメニューによると3molで私が3段のトランプタワーをつくることになっていて、彼氏はそれを3回まで邪魔していいことになっていたり、20molで温泉旅行と引き換えられるようになっていた。永久不滅molだったら来月あたり使うんだけど、そもそもmolはこのような使い方をするのだろうか、よもやポイントカードとして機能させられるとは思うまいし、座布団たちだってまさかここまで集められるとは思わなかったろう。笑点に提供してスポンサーとして名を連ねたい。座布団をギャザーしてクイック最上リバー。
 付き合っている間、この人はほんとうに私を大切にしてくれているなあと思っているけどどうやらそれよりももっとずっと前から大事にしてくれていたらしい。付き合っていないどころかそもそも会ってすらいないのに、マッチングアプリで私のプロフィールを見たときからずっと大事に扱ってもらっていた。「いいねした日の夜中にいいねが返ってきて、嬉しくてすぐメッセージしようとしたんだけど、夜中だったから我慢した」信じられないことだ。そこは送ってこいやと思う。「プロフィールを見たときから、もしかしたら僕はこの人と、と思っていたよ」と言われたので、夜中メッセージを送ったら盛り上がりすぎて眠れなくなるかもと心配したのだろうか。朝な夕なおかまいなしに「ジャンヌダルク好きなんですか? 俺もです! DOLLSとかよくカラオケで歌います(^^)声高くて全然出ないですけど…(汗)こんな僕ですが仲良くしてください! よろしくお願いします!」なメッセージを送ってくる人々の机に墨と筆で書いてやりたいほどの気づかいであるが、いいねを返したあとメッセージがこないなと思っていたのもまた事実である。私も、きっとこの人と付き合うのだろうと思っていたので夜中メッセージが来ていたらやっぱり盛り上がって眠れなかったかもしれない。そう思うとこの判断は圧倒的慧眼。圧倒的感謝。利根川、感謝の海にダイブする。
 なにぶん振られたばかりだったので、それはそれは弱っていた。すべての価値観が根本的に違う人と付き合っていて、嫌われまいとどうにかそれに寄せようとしてしまったがために今まで自分がどんなことをどのくらいのステージで考えながら日々を過ごしていたのかなにも思い出せなかった。かつてかけられたマイナスな意味の言葉を反芻して、ああ言われたからああしないと成長できない、こう言われたからこうしないと変われない、このくらいできないといつまでもだめな自分のままだ、でももう別れたのだからそれらの言葉にとらわれる必要なんてもうないのではないか、でも、本当にこのまま変われないのならもう誰かと付き合ったりなんてしない方がいいんじゃないかとか、振り返れば難しいことばかり考えていた。今でこそ自分で自分に優しく声をかけてやれるけど、このときはどうやって自分を大事にしたらいいのかがわかっていなくて、ずれたやり方で自分のことを見てしまっていた。無理をしてでもがんばらなくちゃとかこの人はこうしてほしいみたいだからこうしなくちゃとか。当時はわからなかったけど、とてつもなくしんどかったと思う。ストイックな変化を他人に求められたように、もうそんな人はいないのに自分に変化を求めて、それをまた別の他人に求めようとする。付き合っていて、別れて、結局何が楽しかったんだろうな。どうにもできなかったのに、どこでどうしたらもう少しうまくやれたんだろうととりとめのないことが浮かんだり、言えるはずもないのに嫌いだったところを書き出しては数えていた。有り体にいうと引きずっていたのである。それはもう引きずっていた。
 のちに申告されることだが、彼氏は元彼を引きずる女が苦手である。元彼と天秤にかけられたあげく、必ず自分が軽んじられるからだと言う。実際に何度かそういう別れ方をしており、これもまた大変な性質だなあと思う。おかげで彼氏には元彼を引きずる女を察知するセンサーが発達し、私もまたその類いの女であると知られていた。日々の雑談メッセージの中で私は弱っていて、さらに混乱もしていたので、なんでもないただの世間話を妙な角度でとらえてしまい、勝手に傷ついたり、怒ったり、野犬よろしく食って掛かる。このときの私は健康からはほど遠く、完全にメンヘラの心持ちでいた。心身がささくれてしまってどうやっても立ち上がれなかったし、他人に優しくできない時期だった。誰かに心からの愛情で優しくされたかったし、懇ろにかわいがってもらいたかった。誰かにとって一番甘い存在でいたかった。だからメッセージが途切れないのをいいことに、彼氏に、それは間違っていると思うとかそれはこうすべきだと思うだとかずいぶんなことを言う。このときの私の考え方はあまりにも幼稚で今の私では受け入れかねる部分も多くある。彼氏は僕もそういうことあったよとか、たまたまボタンをかけ違えてしまっただけだから誰も悪くないよとか、変わりたいと思うだけでも変わりたいと思っていなかったから自分からは確実に変わっているからすごいことだよとか、そういうことを言っていた。元彼を引きずっている見ず知らずのメンヘラ、機嫌が悪いとなんにでも食って掛かる見境なし、しかも実在するかわからないし実在したとしてもアムウェイの勧誘かもしれない女にかくのごとき対応ができる男というのははたして世の中にどれだけ存在するだろうか。私がその立場なら3通目で返信をやめて即刻スクショを撮って墓場にアップするだろう。このころは自分のことで手一杯で彼のことを見る余裕がなかったが、2年半経ってから見ると、適した言い方が出てこないけど、ほんとうにていねいに扱ってくれたんだなとわかる。きっと結婚するのだろうという根拠のない予感を受けた相手が痛々しい状態、それも自分が苦手な引きずりタイプの人になっていたのに、じゃあ今の大変な時期を抜けられるように時間をかけてじっくり仲良くなったらいい、そのうちこちらに来るだろうと、どんなことを言われても投げ出すではなくどっしりかまえていられるのはある種の才能であろう。はじめてメッセージをもらってから約3週間後に付き合うこととなるが、その間ずっと私はふらふらしていたし、全然知らない人と食事をしてつまらなすぎると愚痴をこぼしたり、プロフィール文を変えたり、彼におもしろおかしいメッセージを送るかたわら、昔のことではべそべそしていた。
 私はこのときの彼の、相手の一番近いところから適度に干渉し、挙動を見て相手を知るという動きに正しい意味で救われたし、今こうしてのんべんだらりと文章を書けているのはまぎれもなくあの3週間があったからである。彼氏は、彼氏のテリトリーから私が自力でそこにたどり着くのを待っているのではなく、私のテリトリーのぎりぎりまできてお茶でもどう、かるたするかいと誘う、私がお茶に行くのがめんどうなのでじゃあ裏の川から汲んだ水をどうぞというと飲む、そしてどうでもいい話をする「次、鬼の目にもティアーズ!」「これ! ……は鬼にデビルスティック……?! 同じ文字で2枚もつくるとか欠陥品……!」。多分この、近くにきて同じ水を飲んでくれたというのが一番効いたのだろう。大量の時間と心と、全身でよりそってくれていたんだなとわかる。リアルタイムではそこまで感じ取れる余裕がなかったけど、今、あらゆる面で余裕を持っている私が読むとわかる。私が慰めてほしかったように慰めてもらって、存分に甘やかしてもらって、かわいい人として接してもらっていた。当時の彼にはほんとうに感謝してもしきれない。利根川、再度感謝の海にダイブ。次は泳ぎきります。
 
 とりわけよかったメッセージがある。「そういえば私はあなたの好きなものを知らない。なんでもよいので教えて」と送った返事の「ほとりくん好き。女性のからだも好き。読んだり人の話を聴くのも好き。話すのもたまに好きだね。女性の矯声も好き、あとは、ゲームも好きかな。梨も好き。映画とか海外ドラマも好き。好きな人とぼーっとするのもいちゃいちゃするのも好き。あ、好きな人が食べてるのを見るのも好き。からあげも…まあまあかな、カレーもまあまあ。くだらないことで笑い合ってるのも好き。頼られるのも好き。仕事も結構嫌いじゃないよ。たくさん書いたけど、あとは、うーん、わかんないや」「ほとりくんのことはぱっと一番に思いついたから一番に書いた」。人となりがどこまでもわかる素敵な文章である。これまでもこうしていろいろな人のことを大事にしてきたのだろうけど、それこそボタンのかけ違えでうまくいかなかったんだろうな、きっと勢いあまって大事にしすぎてしまうのかなとか、ご飯の趣味は少し子どもっぽくてかわいらしいなとか、穏やかでしあわせそうな風景が好きなのかなとかそういう風景に憧れているのかなとか、好きな人にはその人の弱い部分も見せてもらってちゃんと受け止めたいんだろうな、好きな人から信頼されたいんだなとか、あとは、僕はきみのこと好きだしその気持ちは誰に言っても恥ずかしくないものだと思っているよこんなこと言える人は今他にいないでしょうっていう自信とか。なんとも滋味深い、この返信がまだ付き合っていないときのものだというのがまたいい。この人のこと好きだなと思うし、この人は私のことが好きなんだなと思う。ちなみにこの2年半後、機会があってあらためて好きなものを書き出してもらったら「ほとりさん、何も考えないでのんびりしてるとき、ぼけっとしてるとき、物事が勢いよく前に進むとき」になっていた。いつでも一番に出てくるので気分がいい。私も好きなものを挙げたが上から「本、紙、本の帯、文字、手書きの文字、手紙、嶽本野ばら『シシリエンヌ』 」だった。ジャンルごとに並び替えたがための弊害。彼氏関連は下の方にまとまっていたのでここに書いておく。彼氏、夢の話を彼氏に聞いてもらう、彼氏がメモするの私の寝言シリーズ、彼氏のほほをさわること、デートの待ち合わせで手を挙げてあいさつするとき。など。彼氏と付き合いだしてからよく彼氏のほほをさわることについて、これは彼氏のことが好きだからやるんだ、と気がついた。好きでない人のほほになんてまずさわろうとも思わないし、友人のほほも中学生高校生時分ならいざ知らず社会人になったらさわらない。彼氏のほほだからさわりたいんだな、そしてそれは彼氏が好きだからさわりたいのだな、と、顔に手を伸ばすたびしみじみと感じる。そう言ったら「確かに、僕も好きでない人に顔をさわられようとしたら退いてしまう。ということは手を伸ばされるたび顔を差し出してしまう僕もほとりさんのこと……」まったくあたりまえ体操である。
 他によかったメッセージは「一応先に言っておくけど、次会うときには、と思っているよ。何がとは言わないけど、これだけは件の男の子ではなくほとりくんにだけ伝えておく」3週間のうちの終盤の数日間、他にもそれなりのアプローチをしてくれている人がいて、世間話のひとつとして教えていた。それを受けてか、はたまたただの安心材料を渡そうとしたのか予告してくれたわけだが何がよかったかというと、ターゲットになっている、会う前の日に念のため確認ができたこと。「酔っているので忘れるのですが、明日告白されるのでしょうか」「されますねえ。僕も少し酔ってるんですけど、明日の告白は成功するんですしょうか」「どうですかねえ。あなたがこりごりと言っていた引きずり女なので。対岸にいますよ」「そうね、ものすごく引きずってるね。でもなんでか今言わなくちゃと思ってるからねえ。好きなもんは好きだし、振られたらまあ、仕方ないから諦めるよ。ひとまず明日のデートは楽しみましょう」返しがすべて花丸である。予告の時点でほぼOKだろという状態であるにもかかわらず告白というプロセスを踏むためにこちら側に準備期間を設けてくれたこと、前夜の確認をそれは明日のお楽しみだよみたいにごまかさず真摯に答えてくれたこと、うまくいかなくてもデートとしては楽しみましょうという気づかいに見せかけてデートという単語を出すことによりプレッシャーをかけてくる自信とか、私が彼にとって苦手な属性の人になっていてもそれを凌駕できるほどの熱量があるからねというアピール、そういうところがよい。彼氏は穏やかなわりにある面では非常に冷たく、ルールに乗っ取った上で手段を選ばず行動することがたまにある。「もし振られたらどうしてた? 諦めるって言ってたけど実際諦めた? その後再起できてた?」と聞くと「1回振られただけで諦めるわけないじゃん。1000回振られてやっとあれ? あんまり脈ないのかなって思ってたと思うよ。ほら僕ストーカー気質だし、粘り強いから。虎視眈々と狙わないと」。やっとわかり合えたと思ったら高い塀に隔てられていた、みたいなことにならなくてよかった。私はさておき彼氏はボーダーの服が似合わない。ストライプの襟シャツがよい。付き合う前、たった3週間、何十年と続く人生の中のほんのわずかな時間に交わしたメッセージで、私は何度でもこの人のことを好きになる。
 
 近い将来に結婚するだろう。この「だろう」は結婚することに対してではなく近い将来という部分にかかる。彼氏がマッチングサイトに登録したのは捨てるに捨てられない「結婚してあたたかくしあわせな家庭を築く」という夢を叶えるためである。「ここに登録して結婚したいと思える人に出逢えなかったら一生ひとりで生きていこうと決めてたんだよ。ばりばり仕事して、残業も夜間対応もからだぶっ壊すくらいたくさんやって、会社からたんまりお給金もらったあげく30代で過労死して死んでからも会社からたんまりお金もらう予定だった。あわよくば飛行機で出張中に飛行機事故に巻き込まれたい」ような人なので、あのサイトに何ヶ月登録するつもりだっかは聞いていないけど、お互い登録早々に知り合えたことにも感謝せざるを得ない。そんな人が「長生きしたい」「婚約指輪のダイヤってどのくらいの大きさがいい? いくつつけたい?」と言い始めたので、何年かのうちに結婚する。よい家庭になるだろう。難しいことがあってもそのときの自分たちに適した対処ができるだろう。あらゆることを乗り越えて、ふたりで楽しいところへ行くに決まっている。お互いがお互いによい作用をしているのだから。
 
 例えばもしわれわれが出会っていなくて、彼が他の人と付き合っていたら私は今どうなっていたのだろうか。付き合いたいと思えるような人に会えていたのだろうか。彼は登録の目的である結婚を考えられるようになっていただろうか。考えたところで知るよしもない。ただ私も彼も会ってしまったし、おかげで人生は大きく様変わりした。すべてのことがうまく進んでいる。空が曇っていても明るくても、仕事がうまくいかなくても、靴下をおろした初日に穴が開いても、ドクターマーチンでよからぬものを踏んでも毎日が楽しい。こんな心持ちに今までなったことがない。でも、これからずっとこんな素敵な心持ちで生きていける。今確信しているのはそれだけだし、それだけわかればよいだろう。人生とはかくも奇怪なものである。私が生まれてこのように育つことができてよかったし、彼氏も生まれてくれて、そしてそのように育ってくれてほんとうによかった。彼氏にかかわってくれたすべての事象にお礼を述べたい。利根川はまた感謝の海にダイブする。
 

交際とは1+1=1ではなく1+1=2ではないか

交際して2年が経つ。
2年という月日が特別長いとは思わないが、いろいろなことがあった。
交際相手が会社に行こうとすると強い吐き気や不快感を得るようになり、心療内科に初めてかかったその日に診断書を出せるほどの症状と言われたり、その後休職して起業したいからと高額セミナー(額面の分期間も長いんだけど、どうしても額面に目がいく)に申し込んだり、なんの縁もないのに突然大阪の会社に興味があるからエントリーしたいと言い出したり、今思い返しても盛りだくさんだった。大阪の会社に興味があるという流れから本格的に転職活動を開始し、先日無事に終わった。
2年、というか向こうの調子が崩れてからの約1年で別れ話もあったけど、お互いよくここまで来たと思う。とくに交際相手の方はなんというかあらゆる部分にあらゆる事故誘発ポイントが仕込まれていて常にインシデント発生手前レベルの人生なのだが、よくもまあ死ぬことなく生きてきたなあと常々感じる。ときメモでいうと全員が爆弾を抱えているのに卒業1週間前。実際にはいくつか事故が発生していて、そのたび本人や家族に大きな影響が及んでいる。正直なことを書くとそういうことは現実に存在するという認識自体はあるが、自分のまわりに可視できる状態で存在していなかったのでそういう話を聞いても「そんなことが本当に存在するのか」と思ってしまった。先ほども書いたが盛り込みすぎ、というのもある。
私がその立場だったらあのような穏やかさは育たなかったに違いない。交際相手の肉親や過去の交際相手の話などを聞いていると憤ることが多い。私がどう思おうが向こうの家族には関係ないのだが、やがては家ぐるみで関わることになると思うと少し気が重い。自分が今まで生きてきた環境は当たり前なようでいてとても恵まれたものだったと再認した。家庭環境によってやりたいことができない人、育ちたいように育てない人もいる。
 
2年経つのでいいなあと思ったところを書こうと思ったんだった。一言で言うなら顔がいい。人の内面は顔に出る派なので、顔が好きイコールそれなりに性格も好きなのだろう。あくまで一例だが高校生のころに集まっていたグループにずいぶん美人の女性がいた。誰が見ても美人と思うようなはっきりとした顔立ちで、なんというかすごかった。でも好みの感じがしなかった。整っている人を見るのが好きなので彼女に対しても同じように盛り上がってもよかったのに、これだけ美人なのになんでだろうなあと思っていたが、仲良くなろうと話しかけるとなんだかすっきりしない会話が続く。話が噛み合わない。価値観がお互いにずれている。そんなことがしばらくの期間続き、ははあなるほどと思ったので彼女にはこちらからは関わらないようにした。高校卒業ののち何年かしてから彼女の発言により私がぶちギレるのはまた別の話で、大変どうだっていい話でもある。そんなことが何度かあり、なので、外見における評価はある程度性格への評価も兼ねる。ので、交際相手の顔が大変好きな私は交際相手の性格もまた大変好きだと言える。交際相手はとくに年上に好かれる。なんというか、素直で、こちらの意見を否定せずにリアクションしつつ理解もしつつ聞いてくれて、なおかつにこにこしており、付き合いもよく、かわゆいのだ。われわれはいわゆる恋活サイトで知り合ったのだが、10も離れているような人からのアプローチがすごかったそうだ。私は67歳くらいの人からアプローチをもらったことがあるがまあどうでもいい。交際相手の顔を評するなら「ターゲットが中年女性、高齢女性ならまめに訪問するタイプの詐欺の成功率85%」である。社交性とかわいがりたくなる感が強い。全身からそういう雰囲気を出しているので話しているとすごく常識的で穏やかでいい人だなあという印象をほぼすべての人に与えるのによくよく話すと「まず僕は真人間でほとりくんはちょっと新人類的なところあるでしょ、僕は真人間だから原始時代にはみんなで協力して穴掘ってマンモスを仕留めてたんだけどほとりくんは新人類がゆえにサーベルタイガーを仕留めようとするからサーベルタイガーにまたがってサーベルタイガーの牙持って「おらぁ!」とかやるじゃん。でも人類の進化にはそういう奇特な人がどうしても必要なのよ、だって僕らしかいないのにマンモス狩りつくしたら食べるものなくなるでしょ、でもほとりくんはサーベルタイガーの狩り方を知ってるでしょ、そしたら今度はサーベルタイガーを食べられるようになるでしょ、ほとりくんはそういう人だと思ってるよ」という話をにこにことしてくる。これは私と交際相手が初めて会った日の会話なのだが、交際相手はこの日を振り返って「もし初めて会う女性とどんな話をしたらいいか聞かれたら絶対にサーベルタイガーの話だけはやめろって言う」とのこと。先に自称していたように交際相手は真人間には真人間なのだが、真人間が新人類側を通って真人間に戻ってきたタイプなので、まあ、私を評しているよりもよほど奇特である。家でよく兄弟で豊作のダンスを踊っているらしい(本当は豊作のダンスではなく階段を降りるときのダンスらしいのだが、私の中では奇怪な踊りはすべて豊作を願うためのものと思っているし、そもそも階段を降りるときのダンスってなんなんだ? 階段の増築を願うダンス?)。ちなみに「サーベルタイガーの牙持って「おらあ!」」はリズムと勢いにやられてしこたま笑ってしまったので、交際を意識して初めて会う人にはどんどんサーベルタイガーの話をして相手のリアクションを見ればよいのではなかろうか。
付き合うにあたって何が重要かという問いは価値観の一致と、不一致だったときにすり合わせできるか、と答える。食文化や金銭感覚、趣味への時間の費やし方、生活リズム、連絡頻度、優先順位など、合うなら合う方がいい。ただ、もしそれが大きくずれているときにお互いの意見をどんな形にするか、どのように伝えるかが肝要である。
カップル共同アカウントというものを見ている。ひとつのツイッターアカウントをカップルで運営するという、初めての共同作業というか初めての子育て的アカウントであり、たまごクラブひよこクラブの写真をアップするに至るアカウントは少ない。見ていると女性側が感じる、付き合う中での何がしかの不安がよくツイートされており、その中でも「彼氏のゲーム時間が長い」は複数のアカウントで書かれている。「彼氏のゲーム時間が長いのってどう思いますか?①ひどい②ひどくない」や、「彼氏が何度注意してもゲームをやめてくれない場合、どうしますか?①別れる②別れない③ゲームを消すなどペナルティを与える」などのアンケートも出ている。質問文に詳細情報がまったくないことやペナルティ内容がきつすぎなどはさておき、なんというか、がんばれ男性陣といいたくなる。私も交際相手もよくゲームはするがとくにもめたことはないので「彼氏がゲームばかりで自分をかまってくれないからさみしい、怒ってしまう」という回路にあまり縁がない。それどころかいっしょにゲームをして「生命の粉塵が遅れてしまって大変申し訳ない」「薬草笛しか吹けなくて申し訳ない」という思いが大きくなる。殊勝になるからいっしょにモンハンしたらよくない? と思ってしまう。なのでまずもってこの状況に陥らないのだが、もしこのようなもめ事があってもうまいこと解決できる自信がある。何かあってもそのようないさかいにならず自分たちが穏やかでいられるのは彼の柔和さとこちらの気持ちに寄り添ってくれる思いやりの強さによるし、私が自分の気持ちをコントロールしてやんわりとした伝え方ができるようになった成果でもある。まずもって私はゲームでは怒らないが、どうしても自分の気にくわないものへのあたりが強く、先ほどのアンケートを出す気持ちもわからないわけではない。彼が鬱と診断されたときは「どうしてもっと早く受診しなかったのか」と責めそうになった、というより覚えていないだけで実際に言っているはずだ。私だってもう少し状況が違えば「彼氏がうつ病と診断されたらどうしますか?①支える②支えない③治るまで距離を置く」みたいなアンケートを取っていたかもしれない。いや自分の話がしたいのではない。とにかく交際相手は柔和である、ということが書きたいのだ。交際相手は波風立てることへの恐怖心も少なからず持っているだろうが、私に対しては気になったことは言うし、波風立てずに済むうちに話し合いに持ち込める冷静さも持っている。お互いに対しておや、と思ったことがけんかに至らず話し合いによって解決できるのは簡単なようでいて難しい。お互いヒートアップしていないこと、お互い意見を聞ける状態であること(前提として意見=批判の認識ではなく意見はあくまで意見という認識も必要)、そもそもの議題が湯沸し器がごとく沸騰し冷静さを欠いた支離滅裂で一方的な内容でないこと、暴言など故意で相手を傷つける発言をしないなど、必要事項は複数ある。どちらか片方がどれかひとつを満たしていないようでは成立しない。これが揃うとどうなるかと言うと「なんですぐそういうことするの? そんなことされたら私だってこう思うに決まってるじゃん、考えたことないの? だいたいこの前だって私がこうって言ったのに…」という言い方が「さっき彼氏殿がこうしていたときこういう理由で少しむっとしたのでなるべくならこうしてもらえるととても嬉しい、もちろん可能な範囲でよいしこちらもなるべく気にしないよう努める」となる。いやなるのか? まあわれわれはこうなる。交際相手は強く言われると殻に入ってしまうタイプなので前者の言い方だとしばらく殻から出てこなくなるし、激昂しやすい人にはその態度がまた火に油となる。交際が始まってからお互いとてもいい意味で自由になり、ぐんぐん成長し精神的にも余裕が出てきた。おかげで相手の考えを聞く時間と、自分の考えを話す時間が増えた。交際相手はいろいろなことを考える人なので、たまに突拍子もない質問を受ける、「神様っていると思う?」「人生って何だと思う?」「運命ってあると思う?」それらに自分で考えて回答し、相手の考えを聞き、なるほどなあそういう考え方もあるんだなあと自分の中に相手の考えが自然とインプットされていく。もしかしたらこういうことが恒常的にあったから聞くこと、話すことも自然と行われ、その副産物として価値観の相違が発生した際のすり合わせもできるようになったのかもしれない。そう思うとすごくないですか彼氏殿。ちなみに「けんかしないカップルってどんな付き合い方してるんだろう?」というツイートをカップルアカウントで見た。おそらく「自分の意見も言えないような窮屈な付き合い方をしているのではないか、たまには自由に意見してけんかに発展してもよいのではないか」という趣旨であろうが、自分の考えを述べる手段=けんかとなっているのであればその視野の狭さならけんかになっても仕方ないのかもなあと思う。
あとはなんだろうな、私が散歩やゲームなどのおもしろそうなことをしていれば真似してくるのもかわゆい。デリケートゾーンを剃毛しているのだが「僕もしようかなあ」と言い出す。男性のパイパン(という言い方でいいのか?)ってどうなんだろう、快適なのだろうか、部屋に下の毛が落ちないのは衛生的メリットだし気になるのでやってみてほしいところ。かといって趣味の分野にずかずかと踏み込んでこないのもいい。私も彼も本と音楽が好きだが作者だのグループだのの趣味はあまりかぶっておらず、そこにはあまり関わってこない。そういうプライベートな部分での線の引き方がうまく、私が大切にしている本があり、彼が読んでみようと本屋を回ったが絶版になっていたので買えなかったことがある。それならと私物を渡したら途中とちゅうで感想をくれたり、ドッグイヤーが大量についていてかなり読みづらいだろうに「どういう理由でドッグイヤーがついているのか考えるのもおもしろかったよ」などと言ってくれる。他人が大切にしているものに対して土足で踏み入らない、しゃんとした姿勢で体験してくれる、そういう真面目なところもものすごく素敵だし、もっといろいろなことを共有したいなあと感じさせてくれる。総括して「真面目でいい人」なのである。
交際して2年が経ち、お互いいろいろなところが変わってきた。これからだって予想できないような変化もあるだろう。お互い無理をしないでいけるところまでいければいいし、もしそれが難しそうなら進むだけの体力を蓄えられるまで休めばいい。無理をすることはない、頑張ることは必ずしも美徳ではない。どのような変化があっても、これから先も彼氏殿が彼氏殿であることには変わりないし、私が私であることにも変わりはない。大切なのはそれだけ。
 
 

まったくなんでもない話

平日の朝6時からカレーとかお好み焼きとか、鯖の竜田揚げなんかをわしわし食べる。昨晩のおかずとまったく同じものが並ぶときもあるし、炭水化物の種類すら異なるときもある。食卓とはかくも変幻自在であることを認識している。食卓は自由だし、愛は食卓にあるし、自由とは愛かもしれない。予期せぬ愛に自由奪われるかもしれない。波多野裕文も食卓について歌っていた気もする。ファミリーレコードのマルタとかそのへんの曲。
わが家は「朝はパン、パンパパン」というCMがいくら流れようとも朝にパンは出てこない。多分昔の私が朝はパンだと消化が早いから米がいいとか言ったのだろう。その分昼にパン、パンパパン、おやつにパン、パンパパン、夜もパンのときがあるからパンパパン。もちろん夜にパンのとき、朝は具合が悪くなるほどおなかがすいている。米でも存分に腹は鳴るが。

丼ものやあんかけなど、具と炭水化物が同じ器に乗っていて食べる配分を気にしないといけないものが苦手である。必ず具が余る。厚みこそ違えど米とソースが同じ直径で器におさまっているドリアですらチーズが余る。器の内側の少し焦げた歯ごたえのいいチーズを差し引いてなお、本来米の上にあるべきやわらかいチーズが余る。何が原因なのだろう。空間把握みたいなものがへたくそなのか、エロ同人みたいにいっしょにいこうとかは言わないのでドリアはさすがにうまいこと終わってほしい。でも米が余ることに異様な恐怖心を抱いているので余るのは米であってほしい。盛大に書き損じている。余るのはおかずであってほしい。
前述の通り朝からカレーがいける分、朝からカレーにいけない人よりカレーに遭遇する率が高いのだがもちろん1回も同時に食べ終わったことがなく、いつもルーを余らせては水を飲んでいた。今朝までは。

今朝のカレーはいつもと違った。色が濃かった。デミグラスらしさを感じる色味と、視覚の期待を裏切らないコクだった。一瞬ハヤシか? と思ったが口にしたときのあの刺激はまごうことなきカレーである。ハヤシというとハヤシヤスノリという名前を思い起こすのだがいつになったらJanne Da Arcは復活するのか。中学生当時あれほど夜巣夢を読んでいたことはもう遠い昔のことなので、一瞬自分もサイト運営しようと思ってしまったことは墓場まで持っていきたい。
ハヤシはわきに置きたいがわきに置けるほど嫌いなわけでもないので小わきに抱える。おおよしよし、お歌がじょうずですね。カレーのいつもと違うところにはルーが少ないことも挙げられる。どうせ今日もルーが余るのだろうと思ってルーと米の比率がスプーン上で6:4くらいになるようにしたら3口目でわかった、明らかにルーが足りない。これじゃ絶対間に合わない、味つけ要素のない米のままの米を食べるのはかなりきつい。味つけ要素のない米はなぜか喉に詰まるので若干吐き気を催すタイプである。兄がカラオケでAKBを歌っては吐くという習性があるのでお互い喉が弱いのかもしれない。なお妹はカラオケで泣く習性があるのでメンタル不全といって差し支えない。即軌道修正しルーと米の比率が逆になるようにする。米のままの米が苦手な質ではあるが、同時に紅虎餃子房の油淋鶏1つで米を茶碗の半分やってしまうので味さえあれば口に入れる米の量はあまり問わないのである。油淋鶏って紅虎餃子房くらいでしか食べないんだけどレンコンって入ってるものなの?
結構辛いルーだったので米多めの方がいいかも正解かもと思いながら食べる。なんだか妙においしい。今まで家で出てきたことないカレーだけどなんかめっちゃおいしい。わけわからん感じでおいしい。ルー少ないしこれならまさかの同時完食かなとわくわくしつつも夢中になって食べていたら皿が白いことに気づく。米が余り始めている。勘弁してくれ逆パターンかよ、どっちにしろへたくそかよ。
という夢を見た。
ならよかった。米はスプーン3杯くらい余った。ふりかけをかけるには足りないし、カレーにするにはルーがないし、お茶でごまかしごまかしやったが途中まで同時完食を目指せそうだっただけに妙な不完全燃焼感がある。燃焼感の「焼感」からにおう焼売らしさ、完全に目線がデブなので脂肪燃焼をがんばってほしいところ。買って数回しか履いていないニューバランスのランニングシューズが泣いている。まあ明日の自分ががんばってくれるでしょう。というかまあ体重だけなら標準くらいだし、まだ大丈夫、大丈夫。そのうち自分がどうにかするでしょう、自分で自分に期待しているので他力本願カウントにもならないでしょう。ハヤシをこのまま抱えていれば二の腕引き締まったりしないかなあ。